本日のお品書き

更新日:2020/05/21

鍼灸師という仕事~クラシックでクリエイティブ(後編)

20200521

 鍼灸学校に入学して間もなく、「東洋医学は全人的医療である」というフレーズを教員の先生から教えて頂きました。が、頭脳明晰でもないうえに不勉強だった僕には、その意味がよく理解できませんでした。
 例えば、みんなが嫌いな『東洋医学臨床論』という講義では、東洋医学的に病態把握を行い、治療方針と配穴を学びます。この科目は、「風寒の頭痛」というテーマから始まります。誤解を恐れずにいうならば、寒冷刺激によって引き起こされた筋緊張による頭痛を、東洋医学的な表現によって解説しているだけで、どこが全人的な臨床論なのかサッパリ理解できなかったのです。

 いざ臨床現場に出てみると、一生懸命に覚えたはずの東洋医学の知識がハマりません。身体のお悩みは「肩こり」なのに、鍼療をはじめると周囲への愚痴が洪水のように溢れて、いつまで経っても施術に入れない患者さんっていますよね?しかも「こんな肩こりは見たことがない!」って伝えると、なんだか嬉しそう。このよう人の主訴って、何なんでしょう?
 「患」とは、心を串刺しにされた人のこと。「主訴」とは、自分が抱えている問題を相手に伝えて、その解決を求める人。心身一如を旨とする鍼灸師が診ているのは、「肩こり」ではなく「肩こりを抱えた人」なのです。
 人の暮らしは様々な要件で満たされているので、一定の条件下で得られる研究結果やそこから派生した学問が、臨床現場でそのまま使えるとは限りません。エビデンスは大切だし、学問も修めなければなりませんが、鍼灸師という仕事をするためにはそれだけでは足りないということを、鍼灸大学を卒業してから痛感したのです。

 これまで、何人もの末期ガンを抱えた患者さんを拝見してきました。特に学生さんは「鍼灸師って、ガン患者さんを治療できるの?」とビックリすることでしょう。さて、ここで質問。

Q:「医療・治療とはどのようなことなのか、説明をしてください」

 東洋医学を学ぶために入学した鍼灸学校でも、西洋医学を学びます。それは現在、医療を語る上で必要不可欠な教養だからです。しかし在学している3年間(あるいは4年間)で、西洋医学が知識ではなく目的になってしまうことがあるのです。

 A:「医療とは、医術によって治療すること。治療とは、手当てをして病気や怪我を治すこと」

 およそ真面目に学問を修めた学生さんは、このように答えることでしょう。さて、漢字には音読みと訓読みがあり、音読みは「読み方」を示し、訓読みは「意味」を示します。イリョウとチリョウは、どちらも音読みですね。訓読みでは、どのように読むかご存知ですか?

医=くすし、いやす
療=いやし
治=なおる、おさめる

 漢の時代に使われていた漢字を使って、漢の時代にできあがった鍼灸医学を実践することが、鍼灸師という仕事の基本的な専門性です。漢字の解釈とその具現化には、鍼灸師の知識・教養・経験による微差が生まれますが、それは当然のこと。僕にとっての医療・治療は、癒すことと同義になっています。
 ちなみに「癒」という漢字には、「床に伏せてしまうような苦しさを心から抜き去る」という意味があります。つまり西洋医学的な「疾患からの離脱」だけではなく、「健康や未来への不安を解消する」という存在意義があるわけです。

 鍼灸治療によってガンを根絶できる訳ではないけれど、抗ガン剤の副作用が軽減し、夜に少し眠れるようになったり、心穏やかに家族と会話をすることができたり、少し笑顔を取り戻すことができたりします。そんな時、ご本人だけでなく、ご家族にも束の間の癒しが訪れます。
 身体的・精神的な変化によって未来が少し明るくなることが、「全人的医療」なのかもしれません。もちろん鍼灸師の中には、もっと西洋医学的な観点から医療と関わっている人もいます。それも鍼灸師に提案することができる可能性の一つなので、研究・臨床が積み重なりエビデンスが明らかになっていくことを期待します。大切なことは、「医・療・治」を忘れずに、自分にできるベストを尽くすという姿勢なのではないでしょうか?

 手段の違いではなく、理念の違いによる「総論賛成、各論反対」は、個人的に大賛成!現実的にマトマリはないのだけれど、医療の多様性が保たれているという意味ではとても豊かで、現象学的観点からすれば、これこそが医療だと言えるからです。
 2千年も前に確立されたクラシックな医療を受け継いだ僕たちが、各々の医療哲学に従って施術を提供しています。多少の手間は掛かるけれど、患者さんには自分が望む医療に近い理念・学術・流派を持った鍼灸師を選ぶ自由があります。各々が信念に従って違いを際立たせながら、病に苦しむ人々の安寧を願う同志として、積極的に違いを認めあうことで鍼灸師はもっと社会貢献をすることができるでしょう。そのような時代の流れを30代の後進たちに僕は感じ始めています。きっと鍼灸業界こそ、クリエイティブなマインドや価値創造が求められていくのではないでしょうか?

鍼灸Meridian烏丸
中根はじめ