鍼灸師は何を社会に提供するのか~もの売りからこと売りへ~

更新日:2020/12/3

第4回:社会は鍼灸に何を求めているのか?

20201203

 3回にわたり、鍼灸の「もの」としての価値と「こと」としての価値を考えてきました。

そこでわかったことは、国民の健康・医療を支える役割になるのか、伝統芸能として好きな人が行う技術となるのかをまずは決めなければいけないということです。伝統芸能になるということであれば、生き残りをかけて流派ごとの世界観を確立し、他に負けない秀でるものを作ることが大切となります。

 一方、国民の健康・医療を支えるのであれば、何を「もの」として売るのか国民に明示しなければいけません。売り方の1つは病気を起点にして、病気を治すこと、または病気にならないことをゴールに、治療効果・予防効果を確立し、病気克服・根絶を目指す道具としての鍼灸を目指すことです。もう1つは健康になることでなりたい自分を目指すことに起点を置き、自己肯定感を高め、自分の夢を実現させるための手段として鍼灸を利用し、健康や病気に向き合うという価値観の共有することを目指すことです。同じ治療でも何を目指すのか、病気の克服だけを目指すのか、または病気を克服ではなく、なりたい自分をサポートするために病気と向き合うのかでは、そのアプローチも手段も大きく異なるからです。

 実際、「医療」としての鍼灸をブランディングしはじめたのは、半世紀も前のことです。その当時は、地域医療を支える医療職種が少なく、また病気も身体症状が中心の時代で、鍼灸が医療を支える道具の1つとして貢献することはとても重要でした。そのため、医療の一翼を担うべく鍼灸の高等教育化が進んできました。こうして今日に至るわけですが、その役割を達成する前に、社会構造が大きく変化しました。第4次産業革命による情報革命、さらには新型コロナウイスルによる価値観の変化と、医療・健康を取り巻く状況が大きく変化したのです。特に、これからの疾患は、単に身体的な病気ではなく、変わりゆく社会の中で自分自身の存在意義や価値を見失った心の闇と重なった複雑な疾病構造のなかにあり、その背景因子である自己承認欲求を満たしていくことが必要となりますが、それは単に鍼や灸という物理刺激では解決できないのだと思います。また、人の価値観は大きく変わり、時間を惜しんで社会のために働くだけではなく、自分の価値や自分にとって大切なものは何かを考えるようになりました。それに伴い、病気にならないという価値観から、自己実現をするために健康を保つという考え方に、人の価値観は大きく変化しているのです。

 このように、社会情勢の変化の中で、人の健康に対する価値観、生き方に対する価値観が大きく変わろうとしています。その状況の中で、病気を治す道具(もの)なのか、自己実現をサポートするための道具(もの)なのかがはっきりしていないからこそ、鍼灸の受療率は低下し続けているのだと思います。社会にとってはどちらの立場も必要です。ただ、どちらを目指すのかで、その戦略は大きく異なってきます。今一度、鍼灸業界が何を目指すのかを考えて再ブランディングしないと、鍼灸は医療や健康のための道具ではなく、好きな人が愛好する嗜好品としての伝統芸能としての道を歩むことになります。

 最後に、こんな議論ができるのも残りわずかということです。社会構造が変化している今であれば立ち位置を変えることができますが、社会構造の枠組みが決まってしまった後には、立ち位置を変えることが難しくなります。そして、この問題について考えなければ、鍼灸は伝統芸能としての道を歩むことになるということは確かなことだと思います。

 ですので、今一度、鍼灸の未来を皆さんの仲間と考えてみてください。

明治国際医療大学
養生学寄付講座
伊藤和憲